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主にお知らせや雑記です

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2026/04/03 (Fri) 19:24
 
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あまりにも某番組を見ていると心がささくれるので、『家なき子レミ』をDVDで見返す。

ああ、マチアに癒される……。(T_T)
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ところでふとした疑問なんですが、ほんとのところ彼らってプロテスタントとカソリックどっちなんでしょうね。
信心が深いかどうかは知りませんが、まあ、かなり特殊な事情でもない限りどっちかのキリスト教いがいではないはずです、多分。


日本人なら『どっちでもいいじゃん』って感じも許されるだろうけど……つーか、自分ちの葬式時の宗派も知らない、仏教なんてみんな一緒、お経もみんな同じだと思っている人なんてザラでそれでも普通だけど、あちらのほうは『どっちも同じ神様だから』といえる人はどのくらいいいるんでしょうか? あっちは宗教戦争やるくらいだから棲み分けが厳しいんじゃなかったでしたっけ?


レミがヴィタリスさんと話していたとき、シャバノン村にいたのは牧師っぽいようなことを言っていました。ということは、少なくともレミはプロテスタントの可能性が濃いわけです。しかし、ヴィタリスが死んだとき協力して埋葬し、祝福をあたえて送り出してくれたのは神父さんです。……思いっきりカソリック。よいんですか? そのへんのところは、持ち前のキャラとハートでおおまかカバー(←すみませんわかんない元ネタで)なんですかね。


まあ、そのレミの語るシャバノン村の話以外は、全体的にカソリックテイストで話が進んでますよね。孤児院のピエールのエピソードにしてもマリア様がでてきますし。本編作中にでてきた『Ave Maria』は、バイオリンで奏でてる曲なのであまり厳密に考える必要はないのかもしれませんが、基本的にカソリックの曲なんですよね? マリア信仰の歌だし。ちがうのかな? 少なくとも、天使祝詞の方の『Ave Maria』はプロテスタントの教会では賛美歌として歌われないはずです。プロテスタントはマリアを特別に聖人として扱ってはいないので。


まあ、この時代でも、音楽というカテゴリーではかんけいないのかもしれませんが。いい曲はいいということなんでしょうか。歌がはいらなきゃいいのかもしれんし。……それともこの時代って、歌詞ついてないんですか、ひょっとして。すみません、むちゃくちゃ乏しい宗教知識で。あまり鵜呑みにしないでください。(^_^;)


……………………どうでもいいですね、そんなこと……。

 
 

結構いろんなことを言っている割に、私は世界名作劇場がすきだったりしたみたいです。……だって、このサイトを作るために、名作劇場の放映リストなんかを調べてみると……見てなかったというわりに、けっこうちょろちょろ見てたらしい。だって、なんだか見覚えがある……っぽい。(←はっきりしろ)


・フランダースの犬  …リアルタイムじゃないけど見てた。
・母をたずねて三千里 …リアルタイムじゃないけど見てたような気がする。
・あらいぐまラスカル …リアルタイムで部分的に見てたような気がする。
・ペリーヌ物語    …見てない。
・赤毛のアン     …リアルタイムで見てた。
・トム・ソーヤーの冒険…見てない。
・ふしぎな島のフローネ…リアルタイムで見てた。
・南の虹のルーシー  …途中で挫折。
・わたしのアンネット …見てない。
・牧場の少女カトリ  …見てない。
・小公女セーラ    …リアルタイムで見てた。
・愛少女ポリアンナ物語…リアルタイムで部分的に見てたような気がする。
・愛の若草物語    …見てない。
・小公子セディ    …見てない。
・ピーターパンの冒険 …見てない。
・私のあしながおじさん…リアルタイムで最後の方だけ見てた。
・トラップ一家物語  …リアルタイムで部分的に見てた。
・ブッシュベイビー  …見てない。
・ナンとジョー先生  …リアルタイムで見てた。
・七つの海のティコ  …見てない。
・ロミオの青い空   …リアルタイムで部分的に見てた。
・名犬ラッシー    …見てない。
・家なき子レミ    …リアルタイムで最後の方だけ見た。


『フローネ』あたりは、記憶にうっすら残っている程度。はっきり自分の意思で見たのは『セーラ』以後。3~4年まったく見ず、なぜか『足長おじさん』のラスト3話くらいを「おっ?」と思ってみた(おそらく恋愛がらみの回だったような)。その勢いで『トラップ一家物語』を飛ばし飛ばし流し見て、『ナンとジョー先生』はなぜか見てた(ダンが好きだった)。『ロミオの青い空』はアルフレドがかっこいいと思いながら見てたけど、つけてやってたときに話の筋を追わずアルフレドだけ見てたので話の内容がわからず。


……これでは好きといえないかもしれない。でも、見てなかったと思っていたのにまったく無意識に見てた。つけているのが名作劇場だという意識もなく。――これは、世界名作劇場は私にとってついてて当たり前の空気のような存在になってたってことか? …すげえ。名作劇場すげえよ。
1回全部ちゃんと姿勢を正して見直してみたいかも。


リストアップして記憶の糸を手繰ってみると、どうも意識してみていたのは、恋愛要素が出てた部分なのかもしれない。『ナンとジョー先生』は恋愛要素は薄かったんだけど、わたしは勝手にダンとナンがくっつくと思ってたふしがある。じゃ、なんで『ロミオ』ははまらなかったのかな。たぶん私の琴線に触れない回ばかりを偶然にみてしまっていたのかもしれない。今度見直してみよう。ただ、アルフレドのかっこよさは、どの回を見てもわかった。


こうしてみると、やっぱり私が『レミ』にハマったわけは明白で、世界名作劇場史上最低評価のマチアとレミの恋愛が、空気的存在(これもあるいみすごいことだけど)を、再び私の中で『ハウス世界名作劇場』という名を持った確固たるブランドに押し上げた。最後の作品が『レミ』でなかったら、今も他の作品も見返して見ようとすらおもわなかったかも。なんせ空気だから。


そして、恋愛要素大好きの私が、ほかにいくらでも恋愛モノはあるのに、なぜに『家なき子レミ』にだけこだわっているか。
もうこれは、マチアという存在があるからに他なりません。監督さん……わたし、マチアをオーダーメイドしたんでしたっけ?
おそらくマチアは、私の『萌えるツボ』要素をほぼすべて網羅しているのです。この部分はもう、言葉にしてしまうとドンドン本当にいいたいことから離れていくという言葉の不思議効果が起きてしまうので説明しないほうがいいんですけど、百も承知であえていうなら。


何かのために必死になる姿が。
痛みと悲しみの伴う優しさが。
まっすぐな瞳が。
完璧じゃない生き方が。
(あやしい意味じゃなく)“男”になるまえのあやうさが。
ドキドキします。


………………でもやっぱり。
ここまで語っといてなんだけど、やっぱりなんか違うから! ああ、もう、もどかしい!


ごめん、やっぱ萌えてるとしかいいようがないや....orz


う~む。萌えは説明してはいけませんな。
だから言葉をつかわずに感じあえる心のコミニュケーションて最強なんだね。うん。

 
 
やっぱりいい作品は、みんなにみせるべきなのでは? ――はい、たしかに。
ほんとにこの『家なき子レミ』は子供に見せたい作品です。でも、実は、家族と見るべき作品ではないのです。


あんた何を言ってるんですか? とお思いになるかもしれません。ええ。
もちろん、ただの名作としてコレを見るならいいのです。そう、いいのです。マチアに心を奪われている場合のみ、家族と見てはいかんのです。


お母さんとの別れ、落涙。
ヴィタリスさんとの死別、滝涙。
途中まではノーマルな反応。しかし終盤に差し掛かり、頬染めたり、レミが抱きついたり、マチアが抱きしめたりし出すと途端に部屋全体を覆う空気が妙な感じに。そっとチラ見すると、案の上、家族の誰しもが薄ら笑いを浮かべている。


ニヤニヤするな! このバカチンが! 悲しみ、怒り、喜び、照れ、萌え、すべては涙にして目から出せ! それが正しい世界名作劇場の拝聴・拝見作法だ! どんなにこっぱずかしい場面でも、照れて笑ってはいかんのよ。
名作劇場で『愛!』といわれたら、「アイぃ~?」とニヤニヤする日本人根性を出してはいかん、「はい、愛ですね! 了解っす!」と素直に真正面から当然のごとく受け止めねばならんのだよ。


マジな空気に耐えられず、余計なツッコミを入れる奴とは、同席視聴はできねえぜ。その作品が好きな人間にけなされたりいじられたりするのは同調できるが、なんとも思ってない奴にからかわれるのは無性に腹が立つ。キャラを愛していない奴の横からのツッコミは見る上で非常に邪魔くさい。
うるせーよ、黙って見てられんのか、見てくれなくていいからあっちいけよ、黙らねーと耳から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタいわしたるで! お前だよ、お前のことだ1号(だんな)! ツッコミ入れていいのは愛してる人間だけなんだよ! そしてそこの7号100号(こどもら)! マチアとレミが抱き合うと、なぜにこの私の顔を振り返るのさ! 気が散るったらありゃしない。


……いや、だから、その、なんだ……うわ~ん、落ち着かないよ~っ!


私が何を悶えているのか、子供の澄んだ瞳で質問されたとき答えようがないのですよ。しかも子供は適当にお茶をにごさせてはくれない。自分がわかるまで質問してきますから。
仮に「萌えてるんだよ」と言ったとしましょう(普通いわないけど)。すると確実に「……『萌え』ってなあーに?」と再質問されます。萌とはどういう感情のどういう状態なのか、あなた子供に逐一説明できますか? 私にはできません。『萌え』とは、『萌え』以外の何ものでもないから。ニュアンスで感じるもんですからねえ……。


さすがに7号・100号の脇で悶えまくって取り乱すわけにも行かず。1号の横で、マチア萌え萌え~♪オーラを発するわけにも行かず。なにより自分の歪んだ愛の反応のせいで『家なき子レミ』という作品に変な印象をもたせたら本末転倒なわけで……。かといって平静を装いながら見るは、マチアへの愛が大きすぎてあまりにも辛すぎる……。頬がピクピクしてしまう。
真剣に視聴もできなければ、萌え転がることもできない。家族と見るのは生き地獄ですがな。....orz


結論として。
頼むから浸らせてくれ……(泣)となるので、家族(特にアニメ萌えしない奴)と見てはいかんと思います。あとで改めて一人でコソコソ見て、不気味な笑いを浮かべつつ悶えて転がりまわるのが一番精神衛生上いいでしょう。見せる場合は、自分は一緒に見ないことですね。
 
 

管理人は基本的に、マチアとレミの純愛部分がスキなのです。惚れたのです。だからホントは壊したくないのです。――しかし。母になりおばちゃんになり、余計な心配をしている自分がいるのです。


マチアにはレミが、レミにはマチアが唯一、ただ一人の相手だと思いたい。思ってる。いや、思わせて。管理人はそう信じています。……信じていますが。


ぶっちゃけ、マチアの相手はレミでなければならなかったのか? 考えてみたらそんなこともないような気がします。
新入りで入ってきたレミを、マチアはいつしか誰よりも大切に思うようになります。それは、レミの強さや優しさを感じたのもあります。しかしですね、スキとかキライとかいうレベルというよりも、マチアのレミに対する想いは、信仰にちかいような雰囲気を感じるのは私だけでしょうか。私だけかもしれません(笑)。なんか、一気に昇華してしまったような気がするのですね。


もちろん、マチアにはしょうがないことだと諦めていた状況に抵抗してみせるレミのファーストインパクトの部分もきいていたのかもしれませんが、宗教改革じゃないですが、マチアはレミによって瞬間的かつ決定的なパラダイムチェンジを経験してしまったのではないでしょうか(言葉が適切でなければごめんなさい。もっと的確な言葉があったような気がしたけど思い出せませんでした)。かたくなに思い込んでいる価値観であればあるほど、真逆で圧倒的なパラダイムの変換を感じたり経験したりすると人格からかわりますしねえ。
そこでレミをある意味神聖視する刷り込みができてしまったんではないでしょうか。しかもマチア自身さえ忘れていた、因縁の最強アイテムまで四次元ポケットから出して与えてくれました(笑)。もうマチアにしてみたらレミは神聖な聖女です。
お互いを失うかもしれないときの描写も、マチアの感情や焦りの方がよりいっそう深い。必死こいてますよね。


……――ということはですよ? 彼にパラダイムシフトを与えることさえできたなら、必ずしもレミでなくてもOKだったってことでは?


つまり、結構早い者勝ちの部分もあったんではないでしょうかね。誰が一番最初にマチアの顔面をストレートでボコれるか競争、しとめたモン勝ち(笑)。みたいな。
まあ、あの時点ではそばにいる人間はみんなマチアと似たり寄ったりの価値観しか持つことのできない環境に押し込められてましたから、外から来たレミが一番有利だったのには変わりないですけど。


じゃあ、あの時点でレミと出会うことなく大きくなったとしたら、どんなパターンが考えられるでしょうか?
バイオリニストという要素はなさそうな気がしますので、あのままあそこでもうちょっと大きくなりお年頃になった場合、マリアあたりとくっついたりしたかもしれません。今までなんとも思ってなかった仲間が、気がつくといつの間にか成長して女らしくなっていた、みたいな。どうでしょう、これも改宗とまではいかないですけど軽いパラダイムの転換ではないでしょうか。このパターンでいうとリーズというのもアリなのかもしれませんが、マチアのお年頃のときに多少なりと射程距離内に入るくらい女性として成長していなければならんことを考えたら、マリアのほうが年齢的には可能でしょうし。妥当なのはこっちでしょうね。
でなければ、違うグループの女の子とある日出逢ってというのもアリでしょうか。いつの間にか気になる存在に……なんてカンジに。でも、これも改宗のような強烈なパラダイムチェンジはないですねえ。これだと顔は斜に構えたままかも。


あ、でも、バイオリニストというのもありなのか。毎年行くところでアルベルトさんに会ってるし。……う~ん……でも、逃げ出してアルベルトさんと行くかな? みんなひどい目にあっちゃうもんねえ。マチアひねくれ者だったけどレミと会ってない時点でも仲間想いだったし。かっぱらいやってましたからね。微妙だな。

 
 
家なき子レミはおそらく私が今までに見た中で一番好きなアニメです。
一番完成度が高いとか、一番名作だとか、一番ポリシーを持っているとか、そんなことをいうつもりはありません。ただただ、一番好きなアニメ、大好きなアニメです。


所詮、人は、自分が一番初めに“イイ!”と思ったものが、一番ベストのものだと思う生き物なのです。
例えば原作ありの映画。原作が好きなら原作が、映画から入って気に入ったなら映画の解釈が、リメイクでハマったならリメイク後のモノが一番“イイ!”と。結局はどこでどの部分にハマルかなのですよ。他のものが単品で独立した作品として見たときどんなに優れていようと、どんなに別の形でのいいところがあろうと、できてしまった聖域は不動のもの。そしてそのハマリ度が強ければ強いほど、他のモノがダメダメに見える――。所詮人は受けてしまったファーストインパクトをくつがえせない。または容易ではないのです。


つまり、そういうことなんですよ。


巷には、何百というアニメを見て、半プロのように専門的な感想を書いていらっしゃる方も多々おります。ウェブ上にはそれこそ腐るほどおられます。そんな方々に比べれば、私は見た数もたかが知れています。「そのレベルで満足なのか、ふふん(…フッ)」という人もいることでしょう。――でもですね観てない名作というのは、私の中ではこの世に存在していないと同義ですので。
だからこのサイトは。
――いかに『家なき子レミ』に感動したか。
――いかにマチアとレミの結びつきにあこがれたか。
――そして管理人がいかにマチアをエコヒイキしているか。
を語るサイトです。


誰もが認める名作だから語ってるんじゃありませんので。そこんとこよろしく。


レミは、もうすでに10年近く前にエンディングを迎えたアニメです。だから今更布教をしようとは思いません。私は勝手に悶えます(笑)。――思わないですが、仮に。
仮にこの先なにかの拍子にハマった人がネットで調べたとき、なにもないのはかなしい(それほどレミのページは少ないのですよ現在)。
そんなとき、『ああ、わたしは変わりものじゃなかったんだ。過去にちゃんとこんなバカなレミ好きもいたんだ』と安心してもらえるように。あるいみ、記念碑のようなサイトになればいい。
ですから、このサイトは『for you』です。私が萌えるためのサイトであり、レミ好きの『あなたのため』のサイトなのです。あなたは一人じゃない。こんなバカがいました、と。


ま、なんだ。多けりゃいいってもんでもないから。(負け惜しみ)


ちなみに色んなレベルの言葉がチャンポンになるのはこのサイトの仕様です(笑)。
 
 
基本的に、当時のことを調べる気も知識もない管理人による、作品を見る上で邪魔にしかならない余計なお世話の話しが主です。
 
 

この間アニメの話題を書いてから、ふと思い出したことがありました。そういえば、実は漠然とですが、もう一度観てみたいと思っていたアニメがあったことを。
『家なき子レミ』ってご存知でしょうか? 『家なき子』ではなく、安達祐美のドラマ『家なき子』でもなく、その昔ハウス提供の世界名作劇場枠でやったアニメです。23年(かな?)続いたハウス名作枠の、最後の作品。


実は、この作品の放映当時、私はもうかなり大きくなっており、さすがにハウス名作枠は観なくなっておりました。その頃はアニメ自体もかなり進化しており、わざわざこの枠を観なくても、巷には名・駄作混在してかなり大量に提供されている状況、掃いて捨てるほど選択肢があったのも事実です。そんな中、わざわざ、古臭い感じの主に教訓めいた話の多い名作劇場にあまり興味はそそられませんでしたし。


そんなあるとき一枚のポスターが目に入って。昔みていた名作劇場の名前があったので懐かしくなりなんと無しに見てました。正直存在すら忘れていました。珍しく私がポスターを読んでいるので、そのとき一緒にいた人が声をかけてきました。私が「なつかしいねえ、まだやってたの? この枠」と言うと「なんだかね、その作品が最後になるんだってさ」と教えてくれたのです。
ふーん、『家なき子レミ』ねえ。ほー。あ、なんか、この主役と一緒にいるじーさん、私の好み。
この時もさして興味がでたわけではなかったんですが、最後の作品ときいて一抹の寂しさを感じたのをおぼえています。


それからまたしばらくたったある日、珍しく早く帰宅できたので何気にテレビをつけると、ちょうど名作劇場のイントロが。
あ。これ、例の最後の作品ってやつか。
ほかの番組を見ようとしていたのですが、懐かしさも有り何気に観始めたら、もう大変。
……おもしろい。げーっ、おもしろすぎる……。
もうすでに物語の後半に入っていたのですが、ハマってしまいました。それからは、レミのやる日ははやく帰ってきてドキドキしながら名作劇場みてましたよ。


ドキドキ。そう『ドキドキ』です。
ハラハラドキドキのドキドキではなく、胸キュン(笑)のドキドキです。
観る目的だったじーさん(ヴィタリス)はもう死んでしまっていたので登場しなかったのですが、レミとマチアの幼い純愛が、もう、ほんと最高で。
ものすごく大好きでした。でも、すごく好きだったことは覚えているんですが、内容は覚えていないんですよ。
で。
おとといTUTAYAに立ち寄ったとき、突然気になりだしまして、レンタル半額だったのをいいことに全巻借りてきました。


――いや、どうしましょう。
たまらん。記憶よりもはるかにイイ。つか、名作劇場じゃないでしょ、これ。
後半のみに限定してたとえるなら、『ラピュタ』あたりの宮崎アニメに少女漫画テイストをかけた感じ? マチア……最高。


正直……シェイドよりイイかも……。
(いや、かっこよさの種類が違うから比べるのもなんだけど)


マチア好きな人が『ふたご姫』みてシェイドを好きになるかどうかはわからないけど、シェイド好きな人は絶対『レミ』みたらマチアに惚れると思う。まあ、私が先に惚れたのは年代的にマチアの方が先になるんですがね。
初期の宮崎アニメっぽい絵がダメでなければ、かなりきますよ。(ちなみに私は『トトロ』あたりからの宮崎アニメの絵は嫌いです)


まあ、それはとりあえずおいといて。
この作品て、名作劇場ファンにはかなり受けが悪く、評価低いらしいんですよ。
というのも、『家なき子』と銘打ってあるくせに、とんでもなく原作無視してるとかで。
まず、主人公の性別が違う(笑)。ストーリーが違う。はしょられ過ぎ。登場人物の役割が違う。後半は主役がレミですらない(笑)。お母さんとの再会も付け足しみたい、と。
昔だったからこういう例えはなかったでしょうが、今風にたとえるなら“まるで腐女子の妄想同人誌(性表現抜き)”とでもいう評価だそうです。
原作ファンからも評判悪い、名作劇場ファンからも評判悪い、以前のアニメ(かなり昔に『家なき子』は一度アニメ化されてるんだそうです。で、そちらは細かいところ以外は結構原作に忠実だとか)のファンからも評判悪い。
こんなの「家なき子じゃない!」のだそうです。


――いいですよ。『家なき子』じゃないですから。
これは原作無しのオリジナルアニメですから。
この作品がいけないのなら原作なしの作品だと思ってもらって原作派の方はどうぞ存在を忘れてください。お願いします。
すみません、私は気が弱いのでココから反転。


旧アニメを『レミ』の後に見た私にしてみりゃあっちの方がバッドパラレルだし! レミは女でなきゃいかんのよーっっ! マチアとドキドキするような純愛をくりひろげないといけないのよぅ! しかもなんですかあのマチア! 私の中でマチアは『レミ』のマチアしかおらん! 原作にどんなに似合ってようと、私のマチアには『あしたのジョー画』はいらねー!
だいいち、私が虜になったのは少年少女の純粋でひたむきな打算のない愛の部分なんだから、レミが女でなきゃ意味ないんだよー! 私には否定されてる大前提の部分が大事なんだもん!
原作を知らずにまっさらな状態で『レミ』を観た私だからこそ『レミ』否定派に声を大にして問いたい。『家なき子』としては駄作扱いしてもかまわんけど、関係ない一つの作品としてみたときもそんなに駄作な内容なのか? と。



いいじゃないですか、原作の知識のない私にしてみりゃ、はしょられてたって意味通じてますよ? 流れだって、とんでもない打撃的な破綻はないじゃないですか。悲劇的な悲しい部分を延々50話近くも観るより、このくらいが私にはちょうどよい(暗い設定の話ばかり書いている私が言えた義理じゃありませんが)。26話でよくこれだけ話としてまとめたなと、反対にほめたいくらいですけど。
名作劇場枠でやったから問題なだけであって、単品の話としてみるならかなりいい出来の名作だと思いますよ。
前半部のヴィタリスさんとのエピソードもいいし、後半部のマチアとのエピソードも脳みそとろけそうに最高。
いまゴールデン枠でやったら、日本中の腐女子が黄色い歓声とばすと思いますけど。へたに名作劇場枠でやってたから、腐女子がみてくれなかったんですよ。この作品の不幸は、放映した時代と、名作劇場枠でやったことです、絶対。
名作劇場の足を引っ張ったんじゃなく、反対に、評価が低いのは名作劇場枠ということに足を引っ張られたんです。派手なトリックがないだけで『ラピュタ』より名作ですよ、少年の想いの部分では。
ああ、もう評価低くったっていいわ! マチアがカッコイイのには変わりないし。『レミ』のマチアはレミマチアファン(いるのか?)だけのものよ!


あとで泣いて謝ったって返してやらないんだから!(謎)


――さて。マチアの話に入りましょうか。
マチアというのは不良少年(厳密にいうと違いますが)です。


……それだけです。


いや、違うんですけど、一言でいったらそれだけだなーと。
言葉で説明しようとするとなんだかうまく伝えられないので観ていただくのが一番いいと思います。
それどころか、ほんとはまったくの予備知識なしでみて欲しい話なんです。よし、どんなにすてきなヤツなんだ、どんなに純愛なんだ、と構えながらみて欲しくないというか。でも知ってる人が少ないので、薦めないと見てもらえそうもないしなあ。
私もあんな恋愛したかった(…しみじみ)。あんなふうに愛されたかった……。乙女モード全開だよおおおぅぅぅぅぅぅ。小説や漫画と違って視覚と聴覚から“がんっ!”とくるから。アニメっておそろしい。


しかも、前回のシェイドの話のときに『お手をどうぞ』が私のツボ押しの直球ストレートといいましたが、マチアの最後のセリフはもっと激しい顔面ストレートの言葉ですから!
こっちは、現実に言われてもオチます。私を落とそうと思ったら言ってください(そんなヤツいないし)。
もしもマチアに面と向かってあんなこといわれたら鼻血噴きますよ(マチアが何といったかそれは内緒)。


ひょっとして私、少年キャラに弱い? ショタ? ……いやちがうな。かわいい男の子には興味ないし。
『ナウシカ』のアスベルとナウシカや『ラピュタ』のパズーとシータとかのカップル好きだから、フィルター全開のカップルチョイサー? それとも宮崎アニメ系萌? ……いや、そうでもないぞ?
現実の人間だとがっちりしたゴリラ系が好みだし、おっさん好きだし。共通点ないぞ?


あ。
この文を書いていてはじめて気づきました。
私、守ってくれる人が好みなんだ。守られたいんだ。
うーわー、そうだったんだー(驚)。こっぱずかしい……。


まあとにかく。絵はですね、すごくキレイです。DVDで観たせいもあるのかも知れませんが、これ、ほんとに10年前のアニメ? というくらい動きや作画も現代のものと見劣りしません。CG使われるより、かえって全体に品があってキレイなくらい。
今時のアニメにありがちなオモチャとタイアップしている絵も入ってこないから、純粋に物語にひたれていい。使いまわしも多いけどそんなこと気にならない。顔の崩れもほとんどなく、私のような素人目には、ものすごくハイクオリティに作られた作品に映ります。いや、絶対にやっつけ仕事ではないでしょう。
そしてマチアが、出番のある回全部通してつねにカッコイイ。殴られようと、蹴られようと、ボコられて顔がはれていようと、その中にかっこよさがある。最後の方は斜に構えた表情が減り、きれいな目をまっすぐに向けるようになるんですけど、なんというか、その頃になると超美形です。なんですかそのかっこよさは! 犯罪だろってなくらい。(私は斜に構えた表情の時のほうがカッコイイを連発してましたけど)
レミをまっすぐに見つめる真正面ドアップが多くなり、正直、目をあわせられません。そんなにまっすぐに私を見つめないで!(←違うから) 自分がひどく汚れていると感じる瞬間だわ。
あんなひたむきで純粋な眩しい視線を至近距離で向けられて、よく直視できますね。レミ、おそろしい子……。あの攻撃をガッツリ受け止められる事実だけで、あなたにはマチアに愛される資格があるかもしれない、うん。


ラストのセリフを言うときの表情も、目が丸すぎず鋭すぎず幼すぎず、ちょうどいいカンジにクールでした。ラストカットは等身がこころもち伸びて輪郭ラインもすっきりしてましたが、良い感じでした。
全編とおして大変満足なんですが、一箇所だけ、どうにかしてと思う場所が。
最終話のレミと母親が再会できたすぐ後のマチアのドアップ。


なんでココであしたのジョー? 今までほぼ全部きれいだったのに、どうしてこの部分だけあしたのジョー?


――視聴者に母娘再会の感動をさせない作戦ですか? 冒涜というのなら、これが一番『家なき子』というストーリーへの冒涜だと思いますよ? (一応建前上)一番のクライマックスで笑わせる演出とは。ラストの例のシーンまであしたのジョー引っ張らないでくれてほんと良かったよ。
まあいいです。どうでもいいから、原作無視したのなら、そのまま勢いつけて『家なき子レミ2』作ってください。
あ、やっぱりやめて。絵がちがったらヤダ。あのクオリティ期待できそうもないし。

 
 
全回分のビデオが欲しいTV番組シリーズ。『家なき子レミ』。
いや、DVDが欲しいです。今、全巻レンタルで一週間借りてきているんですが、絶対にDVD買います。だって、土曜日に返さなきゃならないなんてもうマチアにあえない!(笑)
この作品は入れが多すぎて、短文じゃ語りつくせないことに気づきました。姿勢を正して続きを語ります。
続きは明日。
 

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